写真家 津田 直

INTERVIEW

半島の風景から人や自然の息づかいを感じる

歴史的背景や観光スポットをめぐるだけでは捉えきれない、
知られざる島原半島の魅力を、
ある写真家の視点を通して映し出します。

Nao Tsuda

普段の写真家としての制作活動について、
テーマを教えてください。

僕が写真を通して伝えたいと思っていることの中心には自然と人間の関係性ということがあります。そこに触れたいという思いから僕はランドスケープ(風景)を捉え、発表することを繰り返してきました。また、その中で写真の役割については、世の中に存在する「見える世界」と「見えない世界」の両方を表現してゆくものと思い活動してきました。なぜならば、世界には「見える世界」がある一方で「見えない世界」という領域が存在していることに、いつしか気がつくようになっていったからです。変な風に聞こえるかもしれませんが、この「見えない世界」にいかに目を向けてゆくのかということは写真家の仕事にとって大切なことだと感じています。見えない世界というのは、見えにくいものという言い方もできると思います。たとえば、今は亡き人々の痕跡や物事の起源、また、その先にある聖域など、我々のそばに広がっているのです。そして人間は何にでも、名前を与えて呼びたがるところがありますが、名前もないものが世の中にはたくさん存在しています。そんな名前がないものに対して、写真のような言葉を用いない方法で捉え、世の中に伝え残すことができれば、消えかけた歴史も一本の糸でかろうじて繋ぎ止めることができるのではないかと考えています。そうして一度残すことができれば、そこから未来の在り方を導き出してゆくことができるのではないでしょうか。写真は、何かを写して証明するということではなく、何かと何かを繋ぐという役割を果たすものであって欲しいと思います。

今のような考えになった経緯、
津田さんのルーツというと何ですか?

僕は、祖父から受けた影響が大きいと思います。どんなことを教わったのかというと、僕が生まれた神戸での幼少期、家に水道はもちろんありましたが、我が家では毎朝一緒に裏山へ湧水を汲みに行く習慣があり、1日の始まりはそこからでした。そんな時に祖父は「水と言っても、水は世界にひとつじゃないんだぞ」ということを言うわけです。そして「山の水と、水道水と飲み比べたら味の違いが分かるだろ。水ひとつとってもたくさんあって、その出どころを知り、使い分けないといけない」と教えてくれるのです。そんな話を聞かせてくれると、降った雨が山肌に染み込み、長い時間を経て自分の手元に湧水となってやってきたのかなと自然に考えるようになりました。水がどこからやってくるのか、どうやって世界は形成されていったのかなど知らない世界のことに興味を持ち始めていき、祖父と過ごしている間にいろんなことを学びました。それをきっかけに、その土地に息づく昔の人びとの知恵や大自然が我々に恵んでくれているものに目を向けるようになっていったのだと思います。写真を撮るうえで「見えない世界」を意識するようになっていったのも、見える世界だけではなく、大もとを考えなければ見えてこないことがあると教わり続けたことによって、今日の考えに繋がっていったのだと思います。

普段の制作活動ではどういったものを撮影しているのですか?

今現在撮影に取り組んでいるプロジェクトが幾つかあります。撮影地はまちまちですが、遠いところでは北極圏やヒマラヤの王国ブータンなどに通っています。国内では北は北海道から、南は沖縄の離島まで行っているフィールドワークもあります。その中からブータンでの撮影について話をすると、インドから歩み始めた仏教の教えがヒマラヤを越えて密教として伝承されていった時にどのような発展を遂げていったのか、信仰と高山の存在に関係性があるのか、つまりそこに広がる風景や聖地などを通じて仏教の根源にある思想に触れ、千年を越え受け継がれてきた信仰の原風景を撮影することを試みているのです。このシリーズはまだ写真集にはまとめきれていませんが「REBORN」というタイトルで何度か展覧会等を行い発表しています。

ひとつの場所をじっくり観察するようなスタイルなんですね。

旅を通しその世界を知ってゆく時に、予想していた以上に時間が必要になってくることが時々あります。そんな時、無理に焦らずその土地を繰り返し訪れることで、初めは見えていなかった光景に出会えることがあります。今年の一月に訪れたフィンランド北部での撮影では、ようやくトナカイと共に森の近くで暮らし続けているサーメ人との交流が深まっていくのを肌で感じました。ここに暮らすサーメの人々から僕が今学ばせてもらっていることは、人と動物の共生の在り方についてです。ちなみにサーメの人々は人と人の間で交わされる言語とは少し違った歌のような独自の言葉を持っていて、自然界(例えば動物の群れ)と直に対話したりもするのです。それは古い時代から民族の中で受け継がれてきた知恵であり、素晴らしいコミュニケーションの形と言って良いと思います。ここでは風景はもちろんですが森の中に生きる動物やサーメの人々のポートレイトなども撮っていますね。

島原半島を見て、何を感じましたか?

まず初めに三方が海に囲まれた半島ということに興味を持ち、歩き始めました。すると半島はひとつにまとまっているというよりも、地形を良く見てゆくと幾つかの目立った断層がありますが、その区切れと村と村の区切れが重なっていたりして、面白いなと。つまり大都市の中心では人が引いた線の上に街や住宅が広がっているけれど、島原では自然が引いた線の上に人々の暮らしがある。そこに魅力を感じると同時に、地形を崩さず道が繋がっているので道が真っ直ぐではないことが多い印象を受けましたが、それこそが道ゆく人々に起伏と共に伸びやかな風土と味わいを与えてくれている気がしました。

Nao Tsuda

とくに興味を持ったことについて教えてください。

先程の話にも繋がることですが、地形を最大限に生かした棚田は素晴らしい光景を随所で見せてくれました。それは円環状に広がっていたり、階段状に展開していたりしていて、わずかな土地を工夫して、生かしている場所をたくさん目にしました。また棚田を見ていると、そこを耕し、土地を育て、守っている人々の姿が浮かび上がってくるんですね。それは隣り合う棚田を互いに気遣うからなのか、集落の結束力というか、人間の底力を見ているような気持ちになりました。

津田さんがおすすめする島原半島の楽しみかたはありますか?

大きな目で自然と触れ合い、そこに隠されている神秘を探訪して欲しいと思います。ここは今でも活動を続けている火山と共に生活しているところなので、火山による災害や被害などの暗い部分ばかり語られがちかもしれませんが、決してそればかりではない。例えば火山と湧水は深い関係性があり、今日の暮らしの支えになっているとも言えるわけです。だから自然の脅威が一時訪れたとしても、それにともなう恩恵は長く続くんだということも忘れてはならないと思います。島原半島で繰り返されてきた火山噴火の活動によって形成されていった水脈や、火山灰の含まれた土から採れる作物の豊かさに目を向けてゆくと「じゃがいもや水が美味しい!」という声は、子ども達からも聞こえてきますし、訪れた土地で出会ったものを味わいながら旅を満喫するのが良いと思います。

撮影ポイントで魅力的だったところはありますか?

やはり湧水の在るところ、川の流れを感じるところは魅力的ですね。世界には乾いた土地、潤いのある土地といったものがありますが、島原半島ではその両方が絶妙なバランスで展開しているのです。いや、人々の手が加わることによって、生かし続けてきたと言った方が正しいのかもしれません。水を巡る旅、良いと思いますよ。

Nao Tsuda

自然とともに生きる知恵が
根付いているところがよく分かりました。

やはり、「自然」に対しては我々と同様に生き物同士として付き合ってゆくことが大切なのではないかと思います。うごめく山々やこんこんと沸く水を見ていると、半島全体に生きる力のすごみを感じます。一見、アップダウンが続く車道を走っていると、移動が大変そうにも見えるけれど、地形を生かして暮らすとはそういうことなのです。だからこそ地形の間を縫うように伸びてゆく道を通りながら、いろんな発見をしてもらいたい。僕は、神戸育ちだから案外坂道には馴れている。とくに緩やかな傾斜がある場所が好きなんだけど、坂道の下に立った時は登った先にある風景が見えていないことが面白い。向こう側に何があるんだろう?という期待感がある。それが気になって、丘をついつい越えてみたくなる。すると思いもしなかった海辺の景色や山肌などの風景に出会う。島原半島を巡る旅では、次々と扉が開いてゆくように、風景が連なってゆきました。そして、忘れてはならないのは、日本列島で最も若い山である平成新山の存在です。半島に着いて数日目に曇り空が晴れて、ピンク色に染まった夕暮れ時の空にその姿を現し、ようやく拝むことのできた山頂は今でも忘れられないですね。

Nao Tsuda

写真家

津田 直

1976年神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。2001年より国内外で多数の展覧会を中心に活動。自然を捉える視線のユニークさと写真と時間の関係という古くて新しいテーマへの真摯な取り組みで、21世紀の新たな風景表現の潮流を切り開く新進の写真作家として注目されている。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』、『NAGA』(共にlimArt)がある。JAL機内誌『skyward』、『芸術新潮』、『TRANSIT』、『PAPERSKY』などの雑誌に寄稿も行っている。

http://tsudanao.com

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